ミュージカルパートは◎
壇ノ浦の戦いから60年
源氏は平家を滅ぼした後、宝物の回収に勤しんでいます。しかし本当に欲しいのは3種の神器。とある場所の海底で”それらしき物を見た”と、連絡を受けた朝廷は早速使者を送ります。そして漁師とその息子友魚は使者を連れ、海底から神器を引き上げます。中に納まっていたのは”剣”。父が引き抜くと円形の閃光と共に父は絶命、友魚は視力を失います。そして友魚は放浪の先で出会った琵琶法師・谷一に弟子入りするのでした。
同じ頃京では瓢箪の面を付けた異形の子供がいました。元は名門猿楽・比叡座棟梁の息子なのですが、その醜さゆえに屋外で犬と共に生活させられています。彼は通りを走り回り、人に自分の素顔を見せて驚かす事が楽しみでした。そんなある日、彼は橋の上で同じ年ぐらいの少年に出会います。琵琶法師である少年と彼は、琵琶(演奏)と踊り(猿楽)で意気投合し、新しい”音楽”を創り出していくのでした。
Funlogy ポータブルスピーカー
犬王・道阿弥は実在のスター
~阿弥と言えば観阿弥・世阿弥。この親子は足利義光の庇護を受け”能楽”というジャンルを創り出します。この観阿弥の没後、義光の寵愛を受けたのが犬王でした。将軍や天皇の前で演じる事を任され、晩年には義光の方名”道義”から一文字頂き、”道阿弥”と名乗る事が許された人物です。
優美で美しく世阿弥から”花なり”と絶賛され、特に天女の舞は後の能楽に大きな影響を与えています。臨終の際に”紫色の雲が空に棚引いた”という記録が残っており、本作ではこの逸話を”龍が舞い降りる”という表現をしていまいした。
京のどこかの橋の上
京の橋の上で踊る少年と、琵琶を立ち鳴らす少年。この2人は”牛若丸と弁慶”になぞらえた出会いを果たしました。そしてここから2人は”絶頂期”に向かってまっしぐらに走り始めます。民衆が仲間になり朝廷や将軍にまで評判が届きました。まさに壇ノ浦の戦いの如く、”堕ちる事を感じさせない栄華を極める”予感がします。
まるでロックフェスティバルな能楽演奏ですが、ストーリー展開としては決して明るくない歴史を取り込んでおり、いたる所に過去or未来・源氏or平家・権力or芸術という構図がありました。この”犬王”は観阿弥・世阿弥に並ぶ人気者でありながら、時代に消えた諸行無常・盛者必衰という言葉の似合う人物。本作の犬王も実在に倣ってしまったのか、そこもお楽しみです。

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